語学力の高さに加え、対象とする分野での専門知識が必要とされる翻訳家。英語を使って働く仕事の中でも、特に専門性の高い職業です。テクノロジーの発展とともに、AI(人工知能)による機械翻訳も進化し続けていますが、文脈に応じた意味の捉え方や感情に訴えかける表現など、プロの人間による翻訳精度を完全に再現することは未だ難しいと言われています。
この記事では、翻訳家におすすめの資格・検定試験の特徴や難易度をまとめて紹介します。キャリアアップを考える上でのヒントとして、ぜひ役立ててください。
※記事内の情報は、2023年9月調査時点のものです。
※記載されている金額はすべて税込表記です。
目次
翻訳者になるために必要な資格は?
翻訳業は特別な資格がなくてもできる
医師や弁護士のように、特定の資格を取得した人だけがなれる職業とは異なり、翻訳家の場合、「この資格を持っていなければ翻訳ができない」という必須要件はありません。
翻訳を仕事にするには、企業に所属する社内翻訳者となるか、フリーランスとして個人で業務を請け負うかの二択がメインです。いずれの働き方を選んだとしても、翻訳者自身が依頼された仕事をこなせるだけの十分な実力を持っている限り、資格の有無が直接的に業務の遂行に影響することはありません。
翻訳に関連する資格は、業務を行うにあたって必ず取得しなければいけないものではありませんが、翻訳者としての能力を客観的に示すために役立つ指標と捉えておくとよいでしょう。
翻訳関連の資格取得によって得られるメリット
翻訳家になるために必須とされている資格はないものの、関連する資格を取得することでどのようなメリットが得られるのでしょうか。ここではその主な理由を2つ紹介します。
1. 就職や業務の受注時に有利に働くことがある
フリーランスとして翻訳業務を請け負う場合は、翻訳会社を通じて案件を受注するケースが一般的です。その際、誰でもすぐに案件を紹介してもらえる訳ではなく、まずは各翻訳会社が独自に実施しているトライアル試験に合格しなければなりません。
特にまだ実績がない未経験者にとっては、自らの実力を示すためにトライアルを突破することが第一関門となりますが、一部の翻訳会社では、特定の資格の保有者に対してトライアルの免除といった優遇措置を設けている場合があります。
また、クラウドソーシングサービスを使った案件の受注や、翻訳者ネットワーク経由でのスカウトを狙う際も、翻訳関連の資格の保有が履歴書・プロフィール上のアピール材料になり得ます。
取得した資格は、翻訳について専門的に学んで知識を身に付けた証とも言えるので、業務の受注時にさまざまな形で活用できるでしょう。
2. 有資格者のみが登録できる案件紹介データベースや独自の認定制度も
翻訳に関わる資格の中には、試験に合格することで、企業が募集している案件の検索が可能な翻訳者専用のデータベースに登録ができるものもあります。継続的な受注につながるクライアントとの出会いも期待できるため、このようなシステムを上手く活用しながら業務を請け負い、少しずつ実績を積んでいくことが大切です。
翻訳関連資格の取得を検討する際は、試験に合格した後の案件の獲得のしやすさなどにも注目し、複数ある種類の中から自分にとってベストだと思うものを選んでください。
また、翻訳者ネットワークの「アメリア」では、実務が未経験の場合でも、仕事で通用するレベルの翻訳スキルを持っていることを証明できる「クラウン会員制度」を導入しています。
翻訳業界では、案件に応募するための条件として「実務経験があること」を求められるケースが多く、最初の仕事を獲得するまでの過程で苦労する人も少なくありません。
アメリアが毎月開催している翻訳の「定例トライアル」で一定の評価を得るなど、所定の条件をクリアしてクラウン会員の資格を取得すると、経験者が対象の求人にも応募できるようになるため、案件獲得のチャンスが広がります。
翻訳者におすすめの資格・検定試験一覧
JTFほんやく検定
「JTFほんやく検定」は、一般社団法人・日本翻訳連盟(JTF)が主催する検定試験です。試験はオンラインで行われ、インターネット環境があればどこからでも受験できます。
試験には、翻訳の実務経験がない人やスクールで勉強中の人を対象とする「基礎レベル」、すでに翻訳家として働いており専門分野をさらにブラッシュアップしたい人のための「実用レベル」の2種類があります。
JTFに加盟している翻訳会社は220社あり、実用レベルの1級・2級を取得すると、一部のトライアルで優遇措置を受けられるため、案件獲得の機会が広がるでしょう。
名称 | JTFほんやく検定 |
試験日程 | 1月と7月の年2回 |
試験内容 |
・基礎レベル4級:英日翻訳2題+日英翻訳1題 ・基礎レベル5級:英日翻訳3題 ・実用レベル:英日か日英翻訳を選び、訳文の完成度に応じて1~3級または不合格を判定 |
出題分野 |
・基礎レベル:一般社会問題および平易な科学技術問題 ・実用レベル:政経・社会/科学技術/金融・証券/医学・薬学/情報処理 から1分野を選択 |
受験料 |
・基礎レベル5級:5,500円 ・基礎レベル4級:6,600円 ・基礎レベル5級・4級併願:11,000円 ・実用レベル1科目(英日または日英翻訳):11,000円 ・実用レベル英日/日英翻訳併願:16,500円 ※JTF会員の場合は受験料が2割引。 |
JTFほんやく検定の難易度・合格率は?
2022年に実施された第76回・77回JTFほんやく検定のデータによると、基礎レベル5級・4級の合格率は、それぞれ51%、50%で、初心者でもしっかりと対策をすれば十分合格の可能性があることが分かります。
また、実用レベルの英日翻訳を受けた390人中、3級合格者は14%、2級は5%、1級は0.3%でした。一方、日英翻訳の場合は、217人中、3級合格者が19%、2級が7%、1級は3.2%で、基礎レベルより実用レベルの試験の方が大幅に合格率が低くなっています。
知的財産翻訳検定
「知的財産翻訳検定」は、NPO法人・日本知的財産翻訳協会(NIPTA)と、JTFほんやく検定を主催する日本翻訳連盟(JTF)が共同で運営を行っている資格試験です。特許分野の翻訳を専門に扱う試験で、EメールとMicrosoft Wordを使用して受験します。
特許翻訳者は、企業が海外で特許出願を行う上で欠かせない存在であり、さまざまなビジネス現場での活躍が期待されています。
入門者・初心者でも挑戦可能な3級から、専門スキルを持った翻訳者であることを示せる1級まで、幅広いレベルに対応した試験です。
名称 | 知的財産翻訳検定試験 |
試験日程 | 春と秋の年2回 |
試験内容 | 1級、2級、3級:和文英訳または英文和訳 |
出題分野 |
・3級:知財英語についての基礎知識(記述+選択式) ・2級:特許明細書翻訳の基本、一般的な技術内容(記述式) ・1級:知財法務実務/電気・電子工学/機械工学/化学/バイオテクノロジーから1分野を選択(記述式、一次試験合格後に面接) |
受験料 |
【和文英訳(春開催)・英文和訳(秋開催)】 ・3級:5,000円 ・2級:10,000円 ・1級:15,000円 ※NIPTA正会員、JTF会員および大学生は受験料が2割引。 |
知的財産翻訳検定の難易度・合格率は?
2023年4月実施の第36回知的財産翻訳検定試験(和文英訳)では、1級72名、2級25名、3級を23名が受験しました。
3級の合格率が74%、2級は40%であった一方、より高度な知識が必要とされる1級は、すべての専門分野を合わせた合格率が17%と低めの傾向でした。
翻訳実務検定(TQE®)
「翻訳実務検定(TQE®)」は、翻訳スクールのサン・フレアアカデミーがオンラインで実施している試験です。スクールを運営する株式会社サン・フレアは、日本最大級の翻訳会社でもあります。
試験で70点以上を取得すると、「翻訳実務士®」としてサン・フレアに登録することができ、自分の専門分野に合った翻訳案件の紹介を受けられます。
英語では、合計19種類の中から試験科目を選べるほか、中国語・韓国語・フランス語・ドイツ語などの言語の受験も可能です。
名称 | 翻訳実務検定(TQE®) |
試験日程 | 年4回 |
試験内容 |
100点満点のスコア制 ・英日翻訳:原文700語前後の問題文 ・日英翻訳:原文2,000文字前後の問題文 |
出題分野 |
【英語】 IT/電気/機械/医療機器/医学・薬学/化学/バイオ/環境/原子力/特許(電気)/特許(機械)/特許(IT)/特許(医薬品)/特許(化学)/金融・経済/法務・契約書/広報・マーケティング/時事・新聞/文芸 【その他言語】 |
受験料 |
【1言語1科目につき】 ・早期申込み:8,900円 ・通常申込み:9,900円 |
翻訳実務検定(TQE®)の難易度・合格率は?
翻訳実務検定(TQE®)を運営するサン・フレアアカデミーのウェブサイトによると、TQEの合格率は各回10%未満とされています。
「翻訳実務士®」としての認定を受けるには70点以上が必要です。たとえば70~79点のスコアを取得した場合、「正確性、明瞭性、表現力の点で改善の余地はあるが、致命的な誤訳はほとんどなく、多少の修正を施せば商品になりうる産業翻訳を行うことができる。」という評価がつき、翻訳家として仕事を受けるためのスタート地点に立てるレベルということが分かります。
JTA公認翻訳専門職資格試験
「JTA公認翻訳専門職資格試験」は、一般社団法人・日本翻訳協会(JTA)が主催する試験です。オンラインで自宅からでも受験ができ、科目ごとの合否とグレードを判定します。
試験の中には、翻訳実務に加え、ITツールや翻訳支援ツールに関する科目もあり、翻訳家として活躍するための総合的なスキルを測れるのが特徴です。
最終的に「JTA公認翻訳専門職(Certified Professional Translator)」としての認定を受けるためには、2年以上の翻訳経験が必須とされているので、すでに実務経験を積んだ翻訳者にぴったりの資格と言えるでしょう。
名称 | JTA公認翻訳専門職資格試験 |
試験日程 | 年4回 |
試験内容 |
・第1科目:翻訳文法技能試験 ・第2科目:翻訳IT技能試験 ・第3科目:翻訳マネジメント技能試験 ・第4科目:出版翻訳能力検定試験またはビジネス翻訳能力検定試験を選択 4つの試験科目にすべてに合格し、2次審査(2年以上の翻訳経験の実績を審査)を通過することで「JTA公認翻訳専門職」として認定。 |
出題分野 |
【英語部門】 ・英日/日英翻訳、英文リライト ・翻訳に関わるITスキル ・翻訳マネジメント ・出版翻訳(絵本/ヤングアダルト・児童書/エンターテインメント小説/スピリチュアル/ビジネス関連一般教養書/サイエンス関連一般教養書) ・ビジネス翻訳(IR・金融/リーガル/医学・薬学/特許) ※中国語部門もあり |
受験料 |
【英語】 ・1科目受験:5,500円 ・2科目受験:11,000円 ・3科目受験:16,500円 ※JTAメンバーまたは学生は受験料が2割引。 |
JTA公認翻訳専門職資格試験の難易度・合格率は?
JTA公認翻訳専門職資格試験の合格率は公表されていませんが、翻訳スキルそのものだけでなく、ITツールやマネジメントといった幅広い分野をカバーする4科目すべてに合格しなければならないことを考えると、試験自体の難易度はやや高めです。
また、認定資格を得るには2年以上の実績を積む必要があるため、入門者が初めに挑戦するというよりは、すでに経験を積んだ翻訳家向けの試験と言えるでしょう。
TOEIC、TOEFL、IELTSなどの英語力測定試験
翻訳の対象言語が英語の場合は、翻訳に特化した資格だけでなく、TOEICや英検などの各種英語試験にも活用のチャンスがあります。これらは、受験者の英語力を客観的に測定する試験のため、翻訳に欠かせない語学力の高さをアピールする材料の一つとして使えるでしょう。
それぞれの英語試験について詳しく知りたい方は、以下の記事も参考にしてみてください。
まとめ
翻訳に関連する資格の中には、翻訳を学んでいる初心者から実務経験を積んだプロフェッショナル向けのものまで、さまざまな種類があります。
今回紹介した試験は、インターネット環境があれば場所を問わず受験が可能です。試験科目が自分の専門分野とマッチするかや、それぞれの試験の特徴を理解した上で、ぜひキャリアアップに活かせる資格の取得を検討してみてください。
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