言語を通じて世界が広がる-NPO法人開発メディアが「命のスペイン語レッスン」で伝えたいこと【インタビュー】

石油企業の国有化や価格統制といった政府の失策で国の経済基盤が揺らぐ中、原油の生産量低下と価格急落が追い打ちをかけ、社会インフラの悪化や難民の増加が深刻化した南米のベネズエラ。2021年には、国民全体のうち極貧層を含む貧困層の割合が9割を超え(※)、現地で暮らす人々の生活が危機的な状況に晒されています。

そんなベネズエラで苦境に陥っている人たちをサポートする目的で開催されているのが、「経済危機で苦しむベネズエラ人から学ぶ『命のスペイン語レッスン』」です。

同講座の運営を行う「NPO法人開発メディア」では、参加者の受講料が講師・教材作成者とその家族への継続的な経済支援につながるオンラインの語学講座に加え、ベネズエラをはじめとした途上国について学ぶためのプログラムを企画・実施しています。

NPO法人開発メディアの代表を務める長光大慈(ながみつ・だいじ)さんは、青年海外協力隊としてベネズエラで2年間活動した経験を持ち、日本に帰国後も現地への支援や途上国に関する情報発信を続けてきました。 

今回は、「命のスペイン語レッスン」の開講に至った経緯や、各種プログラムに参加することで得られる体験について、長光さんにお話を伺います。

※参照:日本経済新聞|ベネズエラ、国民の4分の3が「極貧層」

話者プロフィール:長光大慈さん

東南アジアのメディア運営企業や、電力業界の記者職を経て、2006年3月より青年海外協力隊としてベネズエラに赴任。2年間にわたり、ベネズエラ環境省マリパ事務所を拠点に活動した。日本へ帰国後、NPO法人開発メディアを立ち上げ、「ganas」の編集長として途上国に関する情報発信、各種プログラムの企画・運営を行っている。

インタビュー目次

青年海外協力隊としてベネズエラで取り組んだフリーペーパーの制作活動

──青年海外協力隊として派遣されたベネズエラではどんな活動をしていましたか。

ベネズエラ滞在中に主に取り組んでいたのは、環境に関するフリーペーパーの制作活動です。

具体的には、高校生を中心に若い世代を巻き込み、彼ら自身に環境やごみ問題をテーマにした記事を書いてもらいました。最初に驚いたのは、現地の教育水準の低さから、公用語のスペイン語を正しく書けない子どもたちがいたことです。

ベネズエラでのフリーペーパーの制作風景。取材・編集作業などを少しずつ村の若者たちに任せていき、紙面を仕上げた。

そのため、フリーペーパーの作成時には、スペイン語の言語面を周りの優秀な大人に見てもらいつつ、読者が興味が持ってくれそうなテーマを若者と一緒に考え、取材の仕方や記事の書き方を教えていました。

活動の途中で脱落してしまった子もいましたが、後に大学へ進学したり、現在行っている語学講座のプロジェクトに関わってくれたりと、この取り組みを通じて力を付けた若者もいます。

村の広場で食べ物や飲み物を売る女性を取材している様子。編集部の若者たちには、「5W1H」を押さえ、相手からのエピソードやコメント、数字に関する情報を取るなど、興味深い記事に仕上げるためのコツを教えた。

ベネズエラへの支援を目的に「命のスペイン語レッスン」をスタート

──「命のスペイン語レッスン」が始まった経緯について教えてください。

青年海外協力隊の2年間の任期を終えて日本に帰国した2008年3月頃、ベネズエラの都心では米やパンが手に入りづらくなるなど、国の経済がすでに傾き始めていました。

現地の状況はどんどん悪化していき、はじめは海外送金などの手段で支援を試みましたが、個人として安定的にお金を送り続けることは難しい一面もあります。

新しい支援の形を模索する中、新型コロナウイルスの流行もあり、オンラインで開催できるスペイン語講座を思い付いてレッスンをスタートしました。

──語学レッスンを提供する上で大切にしていることは何ですか。

「命のスペイン語レッスン」をはじめとする語学講座では、言語自体の学習はもちろん、その国の文化や政治、経済状況を知ることにも重きを置いています。

文化を例にすると、ベネズエラを含むラテンアメリカの人々の生活には音楽が根付いていて、素晴らしい楽曲も数多く存在します。海外から日本の音楽市場に入ってくるのは英語圏や韓国の音楽が中心なので、日本でスペイン語の音楽を耳にする機会は少ないかもしれません。

しかし、ラテンアメリカのさまざまな国にもたくさんの歌手がいますし、国籍の違うメンバーで構成されたバンドの音楽なども面白いです。このようなトピックをベネズエラ人講師がレッスンに取り入れると、受講生の方もとても興味を持って楽しんでくれます。

音楽以外にも、料理や文化イベントの話など、講師との会話のネタは尽きません。語学講座では、自分が知りたいと思ったことについて、学んだ言葉で話すコミュニケーションの楽しさも伝えたいと思っています。

NPO法人開発メディア「ganas」がまとめたスペイン語の歌に関する記事はこちら

ベネズエラ滞在中の長光さんとマリパ村の子どもたち。フリーペーパーの制作活動などを通じ、村人たちの輪の中に入っていった。

英語+αの言語を身につけることで世界が大きく広がる

──英語に限らず、さまざまな言語を身につけることのメリットは何だと思いますか。

個人的には、英語にプラスして他の言語も学ぶと、世界が劇的に広がると思います。たとえば、スペイン語を公用語とする国が多いラテンアメリカについて知りたいのであれば、スペイン語を身につけることで得られる情報量も圧倒的に増えます。

バックパッカーとして海外を旅していた頃、特にラテンアメリカでは英語が通じる国がそこまで多くないという印象を持ちました。その土地で話されている言葉が分からなければ、現地のことをほとんど知れないままで終わってしまいます。

せっかく行ったからには、地元の人たちと話してその国の実情を知りたいですし、それができなければ日本で本を読んで情報を仕入れるのとあまり変わりはないのかなと。

英語に限らず、語学力の有無によって、その国についての生の情報をどれだけ得られるかに大きな違いが出ると思います。

──学んだ言語を使ってコミュニケーションを取る際、どんなことが大切だと思いますか。

コミュニケーションにおいては、相手への質問の仕方など、言語の使い方も大事だと考えています。

たとえば、途上国のスラムに住む人たちの食生活をテーマとして取材に行くとしたら、相手にどんな質問をするでしょうか。

「あなたは一日に何食食べていますか?」とそのまま聞いても、相手にはプライドがありますから、正直に「一日一食だけ」とは答えないかもしれません。そのような状況では、「朝ごはんは何を食べましたか?」「昼ごはんには何を食べますか?」などとより具体的に聞いていった方がリアルな情報を得られる場合があります。

こういったコミュニケーションのコツは、日本語を話す時も外国語を使う時にも共通するものですが、意外と疎かになりがちです。特に、母語ではない外国語を話す際は、文法や単語そのものに意識が向き、そこまで気が回らないこともあるでしょう。しかし、実はそれ以外の部分で、相手への質問の投げかけ方といったコミュニケーションスキルこそが大切なのだと思います。

語学レッスンやライティング講座を通じて途上国をより深く知る体験を

──これまでに企画した語学講座やその他のプログラムに共通するコンセプトは何ですか。

語学講座に限らず、これまで提供してきたプログラムのコアとなっているのは、「途上国のことを学ぶ・知る」というコンセプトです。語学レッスンや「グローバルライター講座」、「途上国ニュースの深読みゼミ」などはいずれも、活動の軸としているコンセプトを実現するための手段の一つと考えています。

ライティングに関して言えば、記事を書くというアウトプットを前提にして物事を見ると、インプットの質と量が上がります。記事にして発信すること自体も大事ですが、書くまでのプロセスで途上国についてよく知ることで、自分自身の価値観も広がっていくはずです。

──途上国について学ぶことにはどんな意義があると思いますか。

国の数でも人口ベースでも、途上国が世界全体の中で占める割合は、8割近くにのぼると言われています。今後の世界を生きていく上で、これほど存在感が高まってきている途上国について知らないというのはまずいのではないでしょうか。

新型コロナウイルスや円安の影響によって気軽に海外へ行きづらくなり、日本の外で起きていることに興味が持てない人も増えているかもしれませんが、やはり私たちは海外にも目を向ける必要があると思います。

編集後記

「命のスペイン語レッスン」や「グローバルライター講座」など、NPO法人開発メディアが運営する各種プログラムでは、それぞれの講座のテーマについて学ぶプロセスの中で、途上国の実情をより深く知ることができます。

途上国に対する一方通行の支援ではなく、参加者自らが学びやスキルを得ながら国際協力に携われるプログラムの数々は、自分自身の成長にもつながるはずです。

【参照サイト】NPO法人開発メディア ganas
【参照ページ】経済危機で苦しむベネズエラ人から学ぶ「命のスペイン語レッスン」