洋書の多読は、英語学習では欠かせない取り組みですが、読書好きの学習者にとっては最も楽しめるプロセスでもあります。洋書を読みこなせるようになれば、海外の人気作家の作品や話題作を、翻訳を待つことなくダイレクトに読むことができます。加えて、日本語というフィルターを通さず直に作品に触れることで、オリジナルだけが持ちうる雰囲気や言葉の手触りを感じることができるでしょう。
今回は、最近出版された中から、多くの人が楽しめるベストセラー作品をご紹介します。これをチャンスに、ぜひ英語圏の本をリアルタイムで読む習慣を身につけましょう。
1. The Outsider (Stephen King著、2018年初版)
まずは、海外文学に少しでも興味のある人なら誰もが聞いたことのあるスティーヴン・キングの最新刊をご紹介します。『キャリー』や『シャイニング』で有名なキングの作品は出版されるたびにベストセラーとなり、その多くが映画化されています。近年では、ピエロが子どもたちを襲う “IT” の映画版が公開され、大きな反響を呼びました。
“The Outsider” (邦訳未刊) も、キングの他の作品に引けをとらない力で、最初のページから読者を作品世界の中に引き込んでいきます。物語は、惨殺された子供が発見され、少年野球コーチが逮捕されるところから始まります。彼が真犯人であると確信している刑事が主人公ですが、捜査が進むにつれ謎めいた矛盾が次々と発見され、次第にホラーの世界へと読者をいざなっていきます。
犯罪捜査のプロセスを緻密に描き、クライムサスペンスの雰囲気が強い前半から、超自然的な謎につつまれた真の犯人(outsider)の姿が浮かび上がっていく展開には、キングの力量に感嘆するほかありません。500ページを超える大著ですが、はまってしまうとページをめくるのがもどかしくなります。これを機に、世界中で知られたホラー作家の最新作を手にしてみませんか?
2. Dark Matter(Blake Crouch著、初版2016年)
ブレイク・クラウチは、日本ではまだ広く知られていませんが、アメリカでは過去の作品がTVシリーズ化されたこともあり、若手の人気作家です。彼の最新作 “Dark Matter” (邦題『ダーク・マター』)は、SF、スリラー、そしてロマンスといった様々なジャンルの要素が絶妙にブレンドされ、第1級のエンターテインメントに仕上がっています。
かつては気鋭の研究者だったものの、現在は家族と平凡で幸福な生活を送っている大学教授ジェイソンが主人公です。彼がある日、仮面をかぶった謎の人物に誘拐されるところから物語が動き出します。薬物によって気絶させられ、目をさますと自分を取り巻く世界が一変していることにジェイソンは気づきます。平凡な大学教授ではなく、どういうわけか謎の企業のために極秘の研究をする立場にいるのです。物語が進むにつれ、彼は自分がパラレルワールドに放り込まれたと理解し、自分が属していた元の世界、そして自分の愛する家族のもとへ戻ろうとする苦闘が始まります。
「シュレーディンガーの猫」や「マルチバース」など、サイエンスに興味のある方なら耳にしたことがあるようなトリビアが散りばめられており、SF作品として十分に説得力のある小説です。かつ「アイデンティティとは何か」や「家族の大切さ」など、シリアスな問いにも答えようとしている野心的な作品で、知的に構築された物語が好きな人にはうってつけでしょう。SFというジャンルが、なぜ欧米で根強い人気を保っているのかを知るためにも最適な作品です。また、短い文章が多く、テンポよく読める英文なのもポイントです。
3. The Word is Murder(Anthony Horowitz著、2018年初版)
著者のアンソニー・ホロヴィッツは、もともとヤング・アダルト(YA)のジャンルで活躍していた作家ですが、近年では上質な大人向けミステリを多く出版し、世界的な好評を博しています。2016年の “The Magpie Murders”(邦題『カササギ殺人事件』)は、伝説的な作家アガサ・クリスティへの優れたオマージュとして、日本のミステリファンの間でも話題となりました。
今年出版された本書も、“The Magpie Murders” に引けをとらない優れた推理小説となっています。ロンドンに住む裕福な老婦人が謎の死を遂げるところから話が始まりますが、面白いのは著者のホロヴィッツ自身が作中に登場し、本作で初登場する捜査官ホーソーンの助手として活躍する点でしょう。他にも映画監督のスティーブン・スピルバーグなど、実在の有名人が著者の知人として登場し、作品のリアリティを高めています。
ホロヴィッツは、近年はジェームズ・ボンド小説(“Trigger Mortis”、 “Forever and a Day”) などを出版するなど、イギリスでも最も注目を集めている作家の一人です。そんな彼の最新ミステリを邦訳される前の原著で読み、犯人の正体を誰よりも早くつきとめてみませんか?
4. Little Fires Everywhere(Celeste Ng著、2017年初版)
1980年生まれのアジア系アメリカ人作家Celeste Ngにとって、本作(邦訳未刊)は長編第2作になり、アメリカで発売されるとともに読者、批評家の両方から大好評を博しました。この成功によって、Ng は有名作家の仲間入りを果たしたと言えるでしょう。読書好きのための大手SNSであるgoodreadsで、2017年フィクション部門のトップになった作品でもあります。
本作は、オハイオにある小さな街を舞台に、平凡なアメリカ的日常生活がゆっくりと崩壊していく悲劇になっています。ある日、3人の子どもたちと平和に暮らしているリチャードソン夫婦の近所に、写真家である貧しいシングルマザーのミアと、彼女の娘パールが引っ越してきます。はじめは親交を深めていく両家族ですが、思わぬ出来事の連鎖、そして埋もれていた過去の発見により、平凡な生活の下に隠されていた苦しみが浮かび上がってきます。また、物語のクライマックスで、タイトルである “Little Fires Everywhere” とは何を意味しているのかが読者に明かされます。
エレガントな文体の英語で綴られた本書は、良い文章を書くための優れたお手本にもなるでしょう。加えて、物語を通してアメリカの一般家庭が持っている価値観や世界観を吸収することができます。読み進めながら、あたかも自分がその街に住んでいるかのような気分が味わえる小説なので、アメリカ生活の質感を経験してみたい人に強くおすすめします。
5. On Tyranny(Timothy Snyder著、2017年初版)
最後に、最近出版されたノンフィクションの中から、世界的な反響を呼んだ “On Tyranny” (邦題『暴政について:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』)をご紹介します。著者のティモシー・スナイダーは、ナチスによるホロコーストの歴史を新しい視点から論じたことで有名になった気鋭の歴史家です。
この本は、手のひらに収まるサイズで、しかも120ページ強という短さの、コンパクトに読める一冊です。しかし、内容は一流の歴史家による優れた洞察に満ちています。ナチスによる暴政(tyranny)がどのように始まったのかが簡潔に紹介され、それが現代の政治においてどのような意味を持つのかが明快に示されます。各章は、暴政を防ぐためのアドバイスで始まり、歴史的な例を引きながらその大切さが解説されます。
本書がベストセラーになったのは、トランプ大統領の就任などの政治的イベントに直面し、その危機感より、歴史から教訓を得たいと考える人が少なくなかったからでしょう。現代の風潮に警鐘を鳴らす本書は、歴史や政治に関心のある方に強くおすすめします。加えて、通常の歴史書や政治書は分厚くてなかなかとっつきにくい一方、スリムにまとめられた本書は、入門書としても最適です。
まとめ
ベストセラーとなる本は、多くの人に読まれるからこそ広い人気を博しています。そのため、ベストセラーの多数は、読みやすい英語で書かれており、またエンターテインメントとしても優れています。さらに、新しく出版された本の中には、現代社会の問題に積極的に向き合うものが数多くあります。英語を学びはじめてしばらく経つと、英語圏で重要な社会的テーマを考えていくことも学習の大切な一部をなしてきます。最新のベストセラーを手に取り、目が離せない展開の物語を楽しみつつ、他の文化についての理解を一層深めていくのもいかがでしょうか。
茂呂 宗仁
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