継続的な英語学習により活用できる英語レベルが向上すると、会話からのインプットだけでは必要な知識が補えないと感じることが出てくるのではないでしょうか。日常会話で使われる語彙数はおよそ3,000語と言われていますが、英語圏のニュースを理解したり、映画を楽しんだりするためには7,000語(英検準1級程度)以上の語彙力を持っていることが望ましいでしょう。それを達成するには、英検やTOEIC対策の単語帳を使うことも有効ですが、洋書を通して「生の英語」に日ごろから触れることも重要です。多読によりボキャブラリーが増えるだけでなく、大量の英語をすばやく、正確に理解する力がついてきます。
ここでは、英語の中級者・上級者におすすめのペーパーバックをいくつか紹介したいと思います。英語力を伸ばすだけでなく、文化的な理解を深めるためにも読書は大切ですので、ぜひ挑戦してみましょう。
To Kill a Mockingbird (Harper Lee著、1960年初版)
まずは、アメリカ人なら間違いなく知っているであろう “To Kill a Mockingbird(邦題『アラバマ物語』)”をご紹介したいと思います。多くの州で高校生のための指定図書となり、『グレート・ギャツビー』や『ライ麦畑でつかまえて』とならんで、20世紀アメリカ文学で最も愛されている作品のひとつです。著者のハーパー・リーは、本書によってピューリッツァー賞、そして2007年に大統領自由勲章を与えられました。
人種差別問題が深刻である南部アメリカを舞台に、無垢な白人の少女スカウトと、彼女の父親である弁護士のアティカス・フィンチを軸に話が展開します。いわれのない罪に問われた黒人の若者を、差別主義者たちからのプレッシャーに屈することなく弁護するアティカスの姿を見ながら、スカウトが正義の大切さに目覚めていく姿が描かれます。1962年にはグレゴリー・ペックがアティカスに扮し映画化もされ、そちらも名作となっています。映画を見てから読むと、より南部アメリカのイメージがつかみやすくなるかもしれません。
アメリカでは、「アティカス」と言うだけで「社会正義」の代名詞として通じるくらい、幅広く知られている物語です。子供であるスカウトの視点から語られるため、英語自体もたいへん読みやすく仕上がっています。人種問題がまだまだ根強く残る現代アメリカを考えるためにも欠かせない作品ですので、これを機にぜひ原著にあたってみましょう。
Animal Farm(George Orwell著、1945年初版)
イギリス人作家のジョージ・オーウェルの作品では、個人の自由が否定された未来社会を描いた『1984年』がよく知られています。ここでは、同様のテーマを、動物たちを主人公にして寓話として描いた “Animal Farm(邦題『動物農場』)”をおすすめしたいと思います。
『1984年』はやや難しい英語で書かれていますが、“Animal Farm” は動物が話している設定なので、わかりやすい言葉で話が進んでいきます。また、100ページ前後という短さも、本格的な洋書にチャレンジするにあたって魅力となるでしょう。作中では会話も多く、英語での話し方の参考になるかもしれません。
独裁的な政治に批判的なオーウェルの作品は、ドナルド・トランプ氏が大統領になって以来、英米でふたたび熱心に読まれるようになりました。“Animal Farm” は、イギリス的な「政治的自由」の考え方を学ぶためにたいへん参考になります。世界各国で「民主主義の危機」や「ポピュリストの台頭」が叫ばれている今こそ、ぜひ読んでおきたい作品です。
The Buried Giant (Kazuo Ishiguro著、2015年初版)
日本生まれでイギリス育ちの著者カズオ・イシグロは、2017年にノーベル文学賞を受賞し、日本でも大きな話題となりました。『日の名残り』や『わたしを離さないで』などの作品が広く人気ですが、ここでは最新長編である(2018年現在) “The Buried Giant (邦題『忘れられた巨人』)”をあげてみたいと思います。
イシグロは様々なジャンルで小説を書くことで知られていますが、本作は「ファンタジー」のスタイルで書かれており、中世ヨーロッパを思わせる作品世界のなかでモンスターや騎士たちが活躍します。息子を探す旅に出かけた老夫婦を主人公に据えつつ、「記憶」や「暴力」がテーマとして語られ、そして歴史を政治的に改ざんしようとする権力が批判される作品です。
ノーベル賞受賞者の作品だからといって、英文が難解なわけではありません。『ハリー・ポッター』や『ゲーム・オブ・スローンズ』に触れたことがある人や、ファンタジーに興味のある人は十分に楽しめる作品となっています。エンターテイメントとして読みやすい本でありながら、深いテーマを感じさせるのがイシグロ作品の特徴です。楽しみながら偉大な現代作家の世界に触れてみましょう。
Snap(Belinda Bauer著, 2018年初版)
ベリンダ・バウアーは、現代イギリスにおいて犯罪小説の第一人者として知られています。その中でも、つい先日発表された “Snap(邦訳未刊)”は、ノーベル文学賞の次に権威のあると言われているイギリスのマン・ブッカー賞に、スリラーとして初めてノミネートされたことで大きな話題となりました。
本作の序盤では、ある平凡な家族の母親が殺害され、そのトラウマを抱えた子どもたちの苦しみが作中を通して大きなテーマとなります。母親の死に個人的な責任を感じる長男が主人公となり、毎晩くりかえす悪夢と苦闘しつつ犯人を追いつめていき、その過程で彼の精神的な成長が描かれます。警察による捜査の描写なども優れており、一度読みだしたら夢中になること間違いなしのサスペンスに仕上がっています。
ブッカー賞にノミネートされただけあり、エンターテイメントとしてだけでなく、家族、母親の大切さ、そして子供のトラウマ的経験などといった深刻なテーマが盛り込まれ、読後にいろいろと考えさせる作品です。社会派・心理スリラーに興味のある読者にとって無視できないクオリティの小説なので、邦訳が刊行される前に、ぜひ一足先に面白さを味わってみてください。
The Power(Naomi Alderman著、 2016年初版)
近年、マーガレット・アトウッド原作の『侍女の物語 (The Handmaid’s Tale)』がアメリカでTVシリーズ化され、日本でも好評を博しました。『侍女の物語』は、女性が自由を剥奪された近未来を舞台にした作品ですが、それにインスパイアされたのが、ここで紹介する “The Power(邦訳未刊)”です。こちらも近未来を舞台としていますが、女性の隷属をテーマにした『侍女の物語』とは異なり、ある日世界中の女性たちが、電気を自在に操る不思議な力を得て、男女の力関係が逆転するところから話が展開します。
本作品はSF小説のスタイルで書かれていますが、文学的にも高い評価を獲得し、2016年のベイリーズ賞(女性作家を対象とした、イギリスの文学賞)を受賞しました。先に紹介した “Snap” と同様に、エンターテインメントとしても読みやすく、かつ文学作品としても優れている小説です。英語も平明で、読みにくいことはありません。
近年の欧米社会では、#MeToo などを始めとして、女性を中心とした社会運動が盛んになっています。そのような時流の中で、本作のように「力を手にした女性たち」を主人公にした小説も登場するようになりました。この作品を読むことで、そういったグローバル規模の社会改革を支えているエネルギーを感じることができるでしょう。
まとめ
以上、中上級者がぜひ読んでおきたいペーパーバックを5冊ご紹介しました。英語学習もあるレベルに達すると、言葉だけではなく、その背景をなす社会や歴史、文化などを学ぶことが大切になってきます。そのためにも、欧米で広く読まれている過去の名作や、近年の話題作を積極的に読んでいくことで、幅広い知識にもとづいた、より意味のある英語の学び方ができるのではないでしょうか。また、ネイティブと会話する上でも、文化的知識をあらかじめ身につけておくことで、より話が弾むようになるでしょう。英語スキルを向上させるだけでなく、英語が使われる文化自体に飛び込んでいくつもりで、洋書の多読を始めてみましょう。
茂呂 宗仁
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