英語を話したり書いたりしているときに、知識としては正しく理解できているにも関わらず、いつも間違えてしまう文法や表現があるという方は多いのではないでしょうか?実はこの現象は、第二言語習得研究の世界では「言語転移(Language transfer)」という専門用語で説明することができます。ここでは言語転移について詳しくご紹介していきます。
言語転移とは?
言語転移とは、学習者が既に獲得している言語の規則を学習対象となる外国語にも適用することを指します。分かりやすく言うと、人は外国語を学ぶときに無意識に習得している母語の影響を大きく受けてしまうということです。そのため、日本人が英語を学ぶ場合は、母語である日本語の文法や規則、発音などが大きく影響します。
この言語転移には二つのパターンがあり、言語転移が外国語の習得にプラスの影響を与える場合を「正の転移」、逆にマイナスの影響を与える場合を「負の転移」と呼びます。負の転移については「転移」ではなく母語の「干渉」と表現することもあります。
正の転移とは?
「正の転移」は、外国語を習得しやすくなる転移のことを指します。日本人が英語を学ぶときの「正の転移」の例としてよく説明されることが多いのが、所有格のsについての事例です。クラッシェン氏が唱えた「自然習得順序仮説」においても、日本人学習者は所有格の s をより早く習得できることをご紹介しました。これは、日本語には「彼(の)本」といった形で所有格の s に対応する「の」という助詞が存在しており、この所有を表す日本語の文構造と語順をそのまま英語に転移させることができるためだと考えられます。
ちなみに、この正の転移は、母語と学習対象言語との言語間距離が近ければ近い(母語と学習対象言語が似ている)ほど起こりやすいことが分かっています。「第二言語習得研究から考える、日本人が英語を苦手とする3つの理由」で説明しましたが、日本語と英語はその他の言語と比較した際に言語間距離が非常に遠いため、日本人が英語を学ぶときは負の転移が起こりやすく、より注意を払う必要があるということです。
負の転移とは?
「負の転移」は、逆に外国語の習得を難しくしてしまう転移のことを指します。日本人が英語を学ぶときの「負の転移」の例としてよく説明されることが多いのが、不定冠詞 a と定冠詞 the の使い分けです。日本語にはこの冠詞の使い分けをするという文法規則が存在しないため、日本人にとって a と the の正しい使い分けの習得は難しいのです。ほかにも、「彼が帰ってきたら、私が伝えるわ」という文章があるときに、本来は “When he comes back, I will tell him.” と言うべきところを、「帰ってきたら」という日本語の過去形の文章に引きずられて “When he came back, I will tell him.” と訳してしまう間違いなどが挙げられます。
また、この負の転移は文法だけではなく発音や単語の選択などにも影響します。日本人が l と r の発音の聞き分けを苦手とするのも、日本語にはこの音が存在しないからですし、発音が日本特有の「カタカナ英語」に引きずられるのもその典型例です。
単語の選択について言えば、例えば「あなたはどう思いますか?」という日本語を英訳する際に、多くの日本人は “What do you think?” ではなく “How do you think?” と訳してしまいます。これも、「What =なに」「How=どのように」という対応で言葉を転移させているがゆえに起こる間違いだと言えます。
さらに、この「負の転移」には文化的な違いに基づくものもあります。謙遜を重視する日本では、”Thank you(ありがとう)” と言うべきところを “I am sorry(すみません)” と言ってしまったり、”No(いいえ)” と言うべきところを “OK(大丈夫です)” と言ってしまったりといった間違いですね。日本人が英語を習得するためには、こうした数多くの負の転移を克服する必要があります。
なお、この負の転移は日本語から英語だけではなく、中国語から日本語など他の言語でも起こっています。例えば中国人の方が日本語を話すときに「おいしいご飯」を「おいしいのご飯」と言うように日本語の「の」を誤用して話しているのを聞いたことがあるという方は多いのではないでしょうか?これも中国語から日本語への「負の転移」が起こっているからです。中国語では、「おいしいご飯」を「美味的饭」と書きますが、この「的」は、日本語でいう「の」に該当するのです。「他的书(彼の本)」「我的车(私の車)」といった具合です。そのため、日本語で「おいしいご飯」と言うべきところも、この「的=の」という転移を起こすことで「おいしいのご飯」と話してしまうのですね。
日本語から英語への転移だけではなく、外国語から日本語においても転移が起こっていることを理解すると、外国語の人が話す日本語になぜ違和感を覚えることが多いのか、その理由が分かるのではないかと思います。
日本人が間違えやすい「負の転移」を意識しよう
上記で説明したように、言語体系や文化が大きく異なり、互いの言語間距離が遠い日本語と英語では、負の転移が起こりやすい傾向にあります。そのため、日本人が英語を学習するときは、意識的にこの「負の転移」が起こることを理解し、文法・単語・発音・文化などあらゆる側面において日本人が間違えやすい英語のパターンを認識する必要があります。
どんなところで「負の転移」が起こりやすいのかを理解することさえできれば、あとはその部分を意識的に繰り返しトレーニングすることで、自然と無意識でも正確な英語を使えることができるようになります。この「負の転移」を克服することができれば、英語習得への道はぐっと近づきます。ぜひ頑張りましょう。
English Hub 編集部
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