第二言語習得研究の分野における第一人者の一人である言語学者のスティーブン・クラッシェン氏は、1970年~80年代にかけて「モニターモデル」と呼ばれる第二言語習得に関する5つの仮説を提唱しました。ここでは、そのうちの一つ「自然習得順序仮説」について詳しく説明したいと思います。
自然習得順序仮説(The natural order hypothesis)とは?
自然習得順序仮説とは、言語の規則や構造の習得には、一定の普遍的な順序が存在しており、ほぼすべての学習者はその順序に沿う形で言語を習得していくという仮説です。これは、もともとはRoger Brown(1973)らによる、子供は第一言語を習得するときに類似した順序で言語の規則や習得するという研究に基づくものです。Brownは、子供が英語を母語として習得する際に、例えば現在進行形の ing や複数形の s を三単現の s や受動態よりも早く習得するといった具合に一定の順序があることを見出しました。また、このBrownの研究のすぐ後にDulay and Burt(1974, 1975)らは第二言語の習得においても同様の自然な順序があることを示唆する研究結果を発表しました。
クラッシェン氏はこれらの仮説を基にして、第二言語の習得においては普遍的な順序があると唱え、学習者は「進行形(ing)・複数形(s)・be 動詞」→「助動詞としての be 動詞・冠詞」→「不規則動詞の過去形」→「規則動詞の過去形・三単現の s ・所有格の s 」という順序で言語を習得すると主張しました。また、クラッシェン氏はこの自然な習得順序は語学教育の場で教えられる規則の順序とは関係がなく、この順序の存在はその順序どおりに規則を教えるべきだという主張ではないということを強調しています。
自然習得順序仮説に対する批判
この自然習得順序仮説については、その後の研究でその普遍性に疑問を投げかける研究結果も出ています。具体的には、言語の規則や構造を習得する順序は普遍的なものではなく、学習者の第一言語によっても異なってくるのではないかというものです。例えば日本人の場合、クラッシェン氏が提唱した順序とは異なり、複数形の s よりも所有格の s のほうが早く習得されるという研究結果があります。これは、日本語には所有格の s に対応する「の」という助詞がある一方で、複数形の s に対応する日本語はないためだと考えられ、第一言語が習得順序に影響を与えていることを示唆しています。これも、日本人英語学習者としての実感値として理解できるのではないでしょうか。英会話をしているときに所有格の s を忘れることはありませんが、複数形の s をつけ忘れてしまうのは英語上級者でもよくあることです。第二言語習得研究の専門用語では「母語転移」と呼びますが、英語の習得にあたってはこのように母語の文法や規則が第二言語の習得に影響しているのです。
まとめ
いかがでしょうか?クラッシェン氏が提唱した「自然習得順序仮説」については、その普遍性に対する批判もありますが、人間が第二言語を習得する際、何らかの順序に基づいて覚えている、文法規則によって習得しづらい、しやすいといった違いがあることは間違いなさそうです。この順序には上述したように母語の影響や個人差などもありますが、今後、より研究が進んでいけば、自然な習得順序に基づく最も効率的な学習カリキュラムの作成も可能になっていくかもしれません。
【参照サイト】Principles and Practice in Second Language Acquisition
English Hub 編集部
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