自身の努力で英語力を身につけ、今では世界を舞台に活躍している日本人の方に英語学習の秘訣を聞くインタビューシリーズ「世界を体験した日本人に学ぶ英語学習法」。記念すべき第一回は、アメリカでMBA取得後、外資系コンサル会社を経て、世界110ヵ国・230拠点以上を持つ世界最大級の語学教育機関「EF Education First(イー・エフ・エデュケーション・ファースト)」の日本法人代表を務めた経験を持つ、中村淳之介氏にお話をお伺いしました。
日本生まれ日本育ちの中村氏が、どのように英語を身につけ、最終的にグローバル企業の日本支社のトップにまで上り詰めたのか。その英語学習法とキャリアの軌跡は、英語学習に励むビジネスマンの方にとって参考になるヒントが満載です。ぜひ参考にしてください。
大事なのは「間違ってはいけない」という思い込みを捨てること
Q:まずは、最初に中村さんの社会人としてのキャリアの始まりについて教えていただけますか?
大学卒業後、最初は大手旅行代理店のJTBに入社しました。JTBでは自社の旅行商品を他の旅行会社に販売するというホールセールの営業として、JR東日本など大手のクライアントから町の小さなJTBの代理店まで幅広い企業を担当しました。小さな代理店に対しては旅行商品の案内だけではなく経営アドバイスもする必要がありました。そのなかで徐々に自分の中で「経営」についてしっかり学びたいなという思いが強まり、6年間在籍したのちにJTBを退職し、主に企業再生を手がけている日系のコンサルティング会社に入社しました。
私が入社した2004年当時は世の中で不良債権の問題が深刻化しており、主に銀行から紹介された中小企業の再生案件として、企業の現場に入り込んで、再建計画の立案から実行、銀行交渉や組合交渉まで、現場の社員の方々と喧々諤々議論をしながら、短期間で再生できるようにハンズオン型の支援をしていました。倒産するか否かの瀬戸際の案件も多かったので、とにかく必死でした。このときは全く英語を話せませんでした。
しかし、クライアント企業のなかには工場を海外に持っている企業や海外に顧客基盤を持つ企業もあり、そうしたプロジェクトには英語が話せない自分はアサインしてもらえなかったため、このままだとまずいなと感じていました。そこで、海外経験を積み、経営の勉強と同時に英語についてもしっかり学ぼうと思い、MBA留学を決意しました。当時の同僚にはMBAホルダーもたくさんいたので、彼らに触発されたという側面もあります。
Q:なるほど、それでMBA留学を決意し、本格的に英語を学び始めたのですね。MBAの勉強は大変でしたか?
MBA留学に向けた英語の勉強は本当に苦労しました。当時はちょうどTOEFLのテストがiBTに代わったタイミングでした。アメリカの大学院に合格するためには目安として最低でもTOEFLで110点中100のスコアを取る必要がありましたが、なかなかスコアが到達せず、iBTも10回以上は受けましたが結局は90点台までしかとれませんでした。
そこで、最後は過去に受けたTOEFLの4技能(リーディング・リスニング・ライティング・スピーキング)のそれぞれのベストスコアを足して、これで100点を超えている!と大学院のアドミッションオフィスにメールを送り、アピールしました(笑)。その後、暫くして合格の通知をもらいました。留学に向けた一年間はあらゆる教材を使って勉強しました。iBTの公式テキストから参考書にいたるまで全て網羅しました。
Q:そのときの勉強はやはり留学後に役に立ちましたか。
もちろんプラスにはなりましたが、実際に現地に行ってみて痛感したことは、日本でやってきた英語学習だけでは全く通用しないということです。TOEFLのテストではスピーキングもありますが、日本で学ぶ勉強法と言えば基本的には高スコアをとるためのテンプレートを頭に入れて、そのテンプレートに自分の英文をはめ込んでいくという形式になります。このトレーニングを積むことでもある程度はスコアが伸びますが、やはり実際に現地で英語を話すのとは全く違いました。
Q:やはり留学当初は苦労をされたのですね。
とても苦労しましたね(苦笑)。私は著名な経営学者のピーター・ドラッカー氏が教鞭をとっていたことでも知られるカリフォルニアのClaremont Graduate University(クレアモント大学院大学)、通称ドラッカー・スクールに入学したのですが、まず入学には授業開始前に2ヶ月程度の語学プログラムに参加することが条件でした。その語学プログラムを終えた後ですら、最初の授業の初日にあるオリエンテーションでは教授の言っている内容が全く分からず、発言もできませんでした。
Q:どうやってその状況を乗り越えたのでしょうか。
とにかく英語を話したり聞いたりする量を増やすしかないと思いました。MBAの授業では予習や復習にすごい時間をとられるので、それ以外の時間はとにかくコミュニケーションする場をたくさん作ろうと決意しました。そこで、私の場合はラグビーをやっていたので、大学のラグビー部に入部してアメリカ人のコミュニティの中に飛び込みました。
Q:授業が開始してからどのぐらいで慣れてきましたか?
2~3週間ぐらいで徐々に慣れてきて、授業の内容も断片的ではありますが理解できるようになってきました。3ヶ月ぐらい経過してから教授が話していることの全体が理解できるようになってきたという感じです。しかし、スピーキングについては3ヶ月が経過しても依然として厳しい状態でしたね。自分の言いたいことを口に出して言えるようになるまでには半年以上かかり、電話ができるようになるまで1年はかかりました。最初は顔が見えない電話に出るのが怖かったのを覚えています。
Q:最終的にはどのタイミングでスピーキングが身についたと感じましたか?
本当に自分の言いたいことを間違いなく人に伝えられるようになったのは、ずっと後になってからですね。自分の言いたいことを伝えられないもどかしさは、MBA留学後に入社した外資系のコンサルティング会社でも感じていました。
MBAでも英語力を身につけることはできますが、そこはあくまで学校です。実際のビジネスの現場では議論や交渉が学校よりもはるかに真剣なので、現場で英語を使う経験をしてはじめて本当の意味で使えるようになったと感じました。
Q:ご自身の経験に基づいて、MBA留学や語学留学など、留学前にやっておくべきだったと感じることはありますか。
人とコミュニケーションをするということですね。私の場合、大学院の入学に必要なスコアを獲得する必要があったので、留学前はいわゆるテスト勉強ばかりをしていました。しかし、留学期間をより有意義に過ごすためには、予め「人と英語を使ってコミュニケーションをする」という訓練をもっとやっておくべきだったと感じます。そこが足りなかったため、私は現地に行ってからとても苦労しました。テスト勉強だけではないリアルな英語コミュニケーションの訓練を積んでおけば、言葉の部分だけではなく異なるバックグラウンドを持った人とコミュニケーションをするうえでのメンタル面の準備もできます。
日本人はどうしても内気で英語を話すことに躊躇しがちです。積極的に発言をできないというのも日本人の留学生にありがちです。しかし、それは単にグローバルにおけるコミュニケーションの訓練が足りていないからだと思います。
Q:なるほど。英語でコミュニケーションするメンタルが大事だということですね。
はい。日本人が一番変えなければいけないのは、「英語は間違ってはいけない」というメンタリティだと思います。テストのように、間違ってはいけないという意識を持っていると、英語を話すことも躊躇してしまう。そもそも言葉は間違うことで覚えていくものなので、たくさん間違えたほうがいいのです。そこは私自身も日本にいるときから意識しておくべきでした。
Q:留学中に必要な心構えはありますか?
英語を使う環境を自分でどれだけ見つけようと努力できるかが大事です。今や世界中どこにいっても日本人はいますし、留学先でも外国語を使わずに生活する環境を見つけるのはとても簡単です。しかし、せっかく留学に行くのであれば、語学学習の観点からすれば「絶対に日本語を使わない」ぐらいの心構えで行くべきです。語学学習においては「間違ってもいいから話す」という意識を強く持つことです。むしろ積極的に「間違えろ」といったほうがよいかもしれません。留学では、躊躇なく話す人のほうが上達することは過去の例を見ても明らかです。2年間の留学期間でも英語の上達は人によって全然違います。
Q:英語以外に、留学に行く良さはありますでしょうか?
留学に行く良さの一つは、その環境で「マイノリティになる」経験ができることだと思います。日本にいる限り、自分がマイノリティだと感じる機会はなかなかありませんが、一度でもマイノリティになった経験がある人は、その人の気持ちが分かり、謙虚になれるのです。日本で外国人と接するときの意識も変わるはずです。
留学後に実際に働いて始めた分かった、本当に必要な力とは?
Q:留学後は、外資系コンサルティング会社に入社されました。
帰国後に入社した会社は、とてもグローバルな環境でした。大きなプロジェクトでは30名規模で、本国にいるアメリカ人をヘッドに、中国人、日本人、タイ人、イギリス人など様々な国籍のメンバーが関わります。その中で日本人として英語を使ってプレゼンスを発揮するというのはなかなか大変でした。
Q:その後、EF Education First(イー・エフ・エデュケーション・ファースト)に転職したきっかけは。
たまたまEFで新しいプロダクトを立ち上げるという話があり、面白そうだなと感じたのがきっかけです。しかし、転職を決意した一番の理由はやはり自分自身の経験です。私が留学したのは32歳のときですが、現地ではとても苦労してコンプレックスや劣等感を味わってきました。また、留学後に入社したコンサルティング会社でもグローバルな環境で力を存分に発揮できない自分にもどかしさを感じていました。
自分のように大人になってから苦労するのではなく、もっと日本の人々が若いうちに海外で経験を積んで、社会に出るころには幅広いオプションの中から自分のやりたいことを選択し、活躍できるような環境づくりができたらよいなと思い、EFへ転職することを決めました。
Q:EFでは、どのような仕事をされたのでしょうか。
EFでは、最初は新しくプロダクトを立ち上げる際のプロダクトマネジャーとして入社しました。2年後には全てのプロダクトを統括する営業のトップとなり、その後に日本法人の代表を務めました。代表は3年間務めました。
Q:EFでは、どのような苦労があり、それをどのように乗り越えましたか?
EFもとてもグローバルな会社で、日本オフィスにも10ヵ国ぐらいの国籍のメンバーがいました。代表になれば、自分が組織全体をまとめる立場になるわけですが、多種多様なバックグラウンドを持つメンバーをマネージするのはやはり大変でした。その経験を通じて分かったことは2つあります。
一つ目は、様々なバックグラウンドを持つメンバーをまとめ上げ、チーム全体として合意形成をするうえで重要なのは、「数字」と「ファクト」を伝えることです。客観的な数字とファクトはバックグラウンドに関わらず誰の目から見ても同じです。グローバルな会社で働く上では、数字とファクトに基づく議論をすることがとても大事だということです。コミュニケーションをできる限りローコンテクストにすることが求められるのです。
しかし、ただ数字やファクトだけで人が動くかというと、当然ながらそうではありません。メンバーには一人一人感情がありますから、最終的に最も大事になってくるのは、数字や事実を突き詰める力ではなく、人間としていかに信頼関係を築けるかという点です。異なる価値観を持つメンバーから信頼を得るうえで必要なのは、その人の考え方や価値観をリスペクトし、理解しようと努力し、誠実に対応することです。
これはグローバルな職場に限らずどこでも当たり前のことなのですが、とても大事です。彼はイタリア人だから、彼はアメリカ人だから、といった色眼鏡をなくし、いかにそれぞれのメンバーと、国籍を超えた一人の人間として向き合い、関わり合うことができるか。そこに尽きるのではないかと思います。
そして、国籍に限らず同じ人間として付き合っていく経験を得られるのは、やはり留学です。海外で生活をすることで、自分が無意識に持っていた先入観や偏見はどんどんと取り除かれていき、それは自信にもつながります。人は多様な文化やバックグラウンドを受け入れる準備ができると、色々な物事に対して自信を持つことができ、積極性も出てくるのです。
Q:グローバルなチームの中で、日本人だからこそ発揮できるバリューはありますか?
もちろんあります。一般的に、日本人は真面目で勤勉で時間を守り、マナーもしっかりしています。そういういい意味での日本人らしさはどこに行っても通用するスキルだと思いますし、人から信頼を得るうえで重要な要素です。また、日本人はオペレーションをやらせると強いというのも真実だと思います。念入りなオペレーションを組むので、それが無駄につながると言われることもありますが、オペレーションの正確性や、既存の仕組みを改善しながら上手く回していく力は優れているのではないでしょうか。一方で、新しいものを生み出すという点では弱いところがあると感じますが。
英語力を活かし、留学時の思いを形にするべく起業へ
Q:EFを退職され、その後に独立し、クラフトビールの輸入を手がける会社を立ち上げました。きっかけは?
クラフトビールの事業をはじめようと考えたきっかけは、アメリカ留学時代までさかのぼります。先ほどお話しした通り、私は現地のアメリカ人コミュニティに溶け込もうと思い、ラグビー部に入部しました。その初日に、メンバーが地元にあるクラフトビールのバーに連れていってくれたのです。
そこで飲んだビールの味がとても美味しく、忘れられなかったというのもありますが、そのバーで感じたのは、クラフトビールが持つ「人と人とをつなぐ力」のすごさです。当時、私は言葉が通じずにコミュニケーションに苦労していましたが、ビールを通じてコミュニケーションの場が作られ、そこで自分は友達とのつながりを作ることができ、それによってとても助けられました。
私はそのことにとても感謝をしていて、このクラフトビールが持つ「人と人をつなぐ文化」がもっとあれば、人と人との関係が希薄と言われる今の日本においても価値があるのではないかと感じていたのです。
また、アメリカでは地元のクラフトビールのブルワリーに自然と人がたくさん集まってきます。そこでコミュニティが作られています。人と人とのつながりが地域レベルまで拡大しているのです。その姿を見たときに、日本においても地方創生などの分野でクラフトビールが生み出すコミュニティの力を活用できるのではないかと感じました。
EFでは言葉を通じて人と人とをつなぐということをやってきましたが、クラフトビールでは、もっと人と人のコミュニケーションを増やす底上げができると感じてます。同じ言語を話す人同士も対象となります。例えば、日本人同士でも、もっと人との繋がりを求めている人はたくさんいます。クラフトビールがそうした人々に新たな繋がりのきっかけをもたらし、人と繋がる喜びを感じることができればよいなと考え、クラフトビールでビジネスを始めようと決めました。
Q:アメリカからクラフトビールを輸入するとなると、やはり英語が活きてきますね。
はい、今はアメリカの東海岸からクラフトビールを輸入していますが、EF時代とは違い、何もベースがないところからのスタートですので、最初は大変です。輸入ルートもゼロから構築する必要がありますし、アメリカのブルワリーともゼロからの交渉です。英語でメールしてアポイントをとるところから、現地に行って交渉し、「コイツだったら任せてもしっかり自分のビールを日本に運んでくれるだろう」と信頼してもらわなければいけません。それでも何とか事業を立ち上げていけるのは、留学や外資系企業でのプロジェクトなど、過去の経験を通じて自分自身の幅が広がったからだと思います。英語がなければ現在の輸入ビジネスというオプションはなかったわけですから、全ては英語学習や留学のおかげですね。
英語学習者へのメッセージ “Nothing is Impossible”
Q:最後に日本人の英語学習者にメッセージをいただけますか。
英語学習は一朝一夕で成果が出るものではありません。筋力トレーニングと一緒で、常にやり続けないとだめですし、ちょっと止めるとすぐに能力は落ちてしまいます。英語習得への道のりは長いかもしれませんが、その先にある得られるものはとても大きいので、ぜひとも継続して頑張って欲しいです。
英語ができれば、色々な国に友人もできますし、自分の仕事の幅も広まります。読める本も増えますし、アクセスできるウェブサイトも圧倒的に増えるでしょう。プロフェッショナルなキャリアの観点から、そしてプライベートにおいても、自分自身のオプションを広げ、様々な可能性をもたらしてくれます。道のりは辛いですが、乗り越えた先に得られるものが多いのが英語学習です。諦めずに続けることが大事です。
また、新しい言葉を学習すると、人は謙虚になれます。それは、英語の勉強には終わりがないし、常に自分にはまだまだ足りないことがたくさんあるということを痛感させられるからです。そういう経験が人を謙虚にさせ、自分自身をより高みへと連れていってくれます。
私の好きな英語の格言に”Nothing is Impossible”というものがあります。日本語だと、「なせば成る」と訳されることが多いのですが、実際にはもっと強いニュアンスです。英語学習も一緒で、何歳になったとしても、英語学習を始めるのに遅いということはありません。もちろん若いうちに勉強を始めたほうが吸収が早いことは間違いありませんが、私も本格的に英語の勉強を始めたのは30歳になってからです。「できないことはない」。そう信じて取り組むことで、英語だけではなくもっと大きな財産を手に入れることができるはずです。ぜひ頑張ってください。
編集後記
中村さんからは、英語学習に対する心構えについて多くのアドバイスを頂くことができました。「間違ってはいけない」という意識を捨てて、むしろ積極的に「間違える」ことの大切さ。異なるバックグラウンドを持つ人々と関わるうえで大事なのは、数字や事実といった客観性と、国籍関係なく同じ一人の人間として向き合う姿勢だということ。社会人になってから英語の勉強を始め、苦労しながらもMBA留学を経て、最終的には外資系企業の日本法人トップにまで上り詰めた中村さんの言葉からは、実体験に基づくシンプルながらも力強いメッセージが数多く込められていました。
今では流暢に英語を話し、外国人とも臆せずにビジネスをしている方でも、最初からそうだったわけではありません。様々な苦労をし、多くの恥をかき、もがきあがいてようやく現在のところまで到達しているのです。そう考えると、皆さんも少し勇気が出るのではないでしょうか。ぜひ中村さんのアドバイスを参考に、英語学習を継続していきましょう。
English Hub 編集部
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