第二言語習得研究の分野における第一人者の一人である言語学者のスティーブン・クラッシェン氏は、1970年~80年代にかけて「モニターモデル」と呼ばれる第二言語習得に関する5つの仮説を提唱しました。ここでは、そのうちの一つ「習得学習仮説」について詳しく説明したいと思います。
習得学習仮説(The acquisition-learning distinction)とは?
習得学習仮説(The acquisition-learning distinction)は、クラッシェンが唱えた5つの仮説の中でも最もファンダメンタルなもので、その他の4つの仮説を理解するにあたって必ず押さえておきたい仮説です。習得学習仮説とは、大人が第二言語を身につけるうえでは「習得(acquisition)」と「学習(learning)」という全く異なる二つの独立した方法があるという仮説です。この「習得」と「学習」を明確に区別し、「習得」の重要性を強調している点がクラッシェン氏の全ての仮説に通ずる特徴でもあります。
習得(acquisition)とは?
最初の方法は「習得(acquisition)」です。クラッシェン氏はこの「習得」は子どもが母語を習得するプロセスと類似しており、無意識のプロセスであると主張しています。子どもは母語を話すにあたって文法や規則などを「学ぶ」という意識はありませんが、自然と正しい言葉を話せるようになります。クラッシェン氏は、「習得」とはこのように無意識に行われるものであり、言葉の正しさは「学ぶ」ものではなく「感じる」ものであるとしています。
学習(learning)とは?
もう一つの方法は、「学習(learning)」です。クラッシェン氏はこの「学習」は意識的に行われるものであり、無意識のプロセスである「習得」とは異なると主張しました。ここでの「学習」とはいわゆる従来の学校教育で行われているような文法や規則などに関する知識を学ぶことを指します。クラッシェン氏は「学習」のことを「言葉について知る(”knowing about a language”)」ことだと表現しており、習得と明確な線引きをしています。
大人は「習得」も可能
言語学者の中には、子供は第二言語を「習得」できるが大人は「学習」することしかできないという仮説を唱える人もいましたが、クラッシェン氏は、大人でも第二言語を「習得」することはできると主張しました。これは大人の誰もがネイティブレベルまで第二言語を使えるようになるということではなく、大人でも子供と同じように自然に言語を習得していくことができるという意味です。クラッシェン氏は「モニター仮説」の中で特に「習得」の重要性を強調しています。モニター仮説とは、簡単に言うと「学習によって学んだ知識は発話した内容をチェック・訂正する機能しか持たず、第二言語の能力向上は『習得』によってのみ起こる」という仮説です。
習得学習仮説に対する批判
このクラッシェン氏の「習得」と「学習」を明確に区別する習得学習仮説は、その実証性の欠如から極端であるとの批判も多く存在しています。クラッシェン氏の仮説に疑問を投げかける人の主な意見は、実際には意識下における「学習」は無意識化の「習得」に転化しうるものであり、「学習」と「習得」は連続的に捉えるべきだというものですが、確かにこの批判は英語学習者の実感値としても正しいと感じる方は多いのではないでしょうか。
例えば、日本人の英会話初心者の場合、ほぼすべての人が三単現のsに関する知識を持っていますが、実際に英会話の場面で正しく使える人はほとんどいません。間違えないようにと「意識」をしない限り、正しく三単現のsを使うことはできないのです。しかし、英会話の練習を何度も繰り返していくことで、意識的に学び、意識的に使っていた三単現のsは、いつのまにか意識しなくても自然と正しく使えるようになっていきます。このように、学習によって得た知識は「意識」から「無意識」へと転化する連続的なものであるというのが批判者の主張なのです。
まとめ
いかがでしょうか。「習得」と「学習」は本当に相容れないものなのにかについては批判的な見方がありますが、この習得学習仮説は、クラッシェン氏が唱える仮説の根幹をなすものであり、その他の仮説もこの習得学習仮説を前提として展開されています。ぜひしっかりと理解しておきましょう。
【参照サイト】Principles and Practice in Second Language Acquisition
English Hub 編集部
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