洋書の多読を続けていると、いつかは世界中で知られている作家の作品、特にノーベル賞を受賞した作家による小説に挑戦してみたくなるときがやってきます。「ノーベル文学賞」というと、難解で読みにくい作家ばかりが選ばれている印象があるかもしれません。しかし、実際に手に取ってみると読みやすく、また短くまとまっているものも少なくありません。
近年は、歌手のボブ・ディランや日系作家のカズオ・イシグロの受賞など、話題に事欠きません。本記事では、英語で執筆しているノーベル文学賞作家による多数の作品から、読みやすさと面白さ、そしてテーマの重要性を優先して選んだ7作品をご紹介します。
1. Kim (Rudyard Kipling著 1901)
【おすすめポイント】
- 短さ
- インド社会の豊かな描写
- 娯楽性
イギリス人作家キプリングは、『ジャングル・ブック』によって広く知られています。植民地時代のインドに造詣の深かった彼が、純粋なエンターテインメントとして執筆したのが本書『少年キム』です。白人でありながらインド社会に溶け込んで暮らしている孤児のキムが、ある日チベットから旅してきた修行僧と出会うことから彼の冒険が始まります。
当時は、ヨーロッパ各国とロシアのあいだで、スパイ活動が広く行われていました。それは “Great Game” と呼ばれて本作で紹介されます。後半では、スパイとしてのスキルをマスターしたキムのアクションが繰り広げられる痛快作で、出版から100年以上経っても、ほとんど古さを感じさせません。英ガーディアン紙による The 100 Best Novel の1冊としても選出 (https://www.theguardian.com/books/2014/may/12/100-best-novels-kim-rudyard-kipling) された、永遠の名作です。
2. Farewell to Arms (Earnest Hemingway著 1929)
【おすすめポイント】
- 短さ
- ラブストーリー
- 学習者にやさしい英語
ヘミングウェイの名前はアメリカ文学の定番で、代表作の一つ『老人と海』は日本でも愛読されています。パリでボヘミアンな生活を送ったり、アフリカで狩りに打ちこんだりと、冒険にあふれた生涯をおくった作家で、第一次世界大戦では救急車の運転手に志願しました。その経験をもとに書かれたのが本作(『武器よさらば』)です。
おそらくヘミングウェイ本人がモデルの、ロマンティックなアメリカ兵が主人公です。戦場で彼は看護婦と恋におち、やがて彼女は妊娠します。戦火をさけるためにボートでスイスへと逃亡するのですが、悲しい結末が2人を待っています。ヘミングウェイによる反戦メッセージはもちろん、悲劇のラブストーリーとしても優れた1冊です。「シンプルな文章」と「会話文が多め」という彼のスタイルが、英語学習者には良い参考になるでしょう。
3. The Grass is Singing (Doris Lessing著 1950)
【おすすめポイント】
- 短さ
- 重要なテーマ
- 舞台となるアフリカの描写
本書『草は歌っている』は、イギリスの女性作家レッシングのデビュー作です。はじめての長編でありながら、南ローデシア(現ジンバブエ)を舞台とした物語は緊迫感にあふれ、読むものを最後まで惹きつけます。レッシング本人が現地で育ったこともあり、風景や文化もいきいきと描写されています。
当時イギリスの支配下にあった南ローデシアに、農業で生計をたてることを夢見て若いイギリス人夫婦が移住してきます。当時の慣行にしたがって、現地の「劣等」とされる人々を使用人として雇うこととなるのですが、夫婦のあいだに生じる亀裂が、やがて「支配するもの/支配されるもの」という人種間の緊張関係へと発展していきます。大英帝国の功罪を考える上でも参考になり、かつ200ページほどの短さも魅力の一つです。
4. East of Eden (John Steinbeck著 1952)
【おすすめポイント】
- 家族の葛藤
- 雄大なアメリカの光景
- ドラマティックな悪役
1920年代の大不況にあえぐアメリカ貧困層を描いた『怒りの葡萄』も有名なスタインベックですが、それに匹敵する人気なのが、彼自身がキャリアの集大成として執筆した本書(『エデンの東』)でしょう。ジェームス・ディーン主演の映画版もアメリカ映画の古典となっています。
しかし映画版は、小説の後半1/3程度をカバーするだけの短いバージョンです。一方の原作は、カリフォルニアの峡谷を舞台に、世代間の愛憎劇が繰り広げられる『風と共に去りぬ』を思わせるような壮大なファミリー・サーガです。映画では踏み込まれなかった「母親の犯した罪」も、原作ではきちんと描かれています。大著ですが、アメリカ人読者の間でいまだに高い人気を誇る作品なので、これを機に挑戦してみるのもいかがでしょうか。
5. Foe (J. M. Coetzee著 1986)
【おすすめポイント】
- 短さ
- 斬新なスタイル
- 意外な語り手
南アフリカ共和国出身のJ. M. クッツエーは、アパルトヘイト政策を批判した諸作品で知られており、ノーベル賞に加えて英ブッカー賞を2度受賞している才能にあふれた作家です。その彼による本書『敵あるいはフォー』は、17世紀に書かれたダニエル・デフォーの『Robinson Crusoe(ロビンソン・クルーソー)』を「女性の視点」から書き直したことで、高い評価を得ました。
“foe” という言葉は名詞で「宿敵」という意味があります。その “foe” を、作中で女主人公の「敵役」として登場するDaniel Defoe の名前にかけた、2重の意味があるタイトルです。『ロビンソン・クルーソー』の物語が、いかにヨーロッパの白人男性からの「偏った視点」から語られているかを、小説という形で暴いてみせた、実験的で驚きに満ちた1冊となっています。ぜひ本書にあわせて、英語文学の元祖のひとつ Robinson Crusoe も手にとって見ませんか?
6. Beloved (Toni Morrison著 1987)
【おすすめポイント】
- 深いテーマ
- ホラーストーリーとしての文学作品
- 世界的な認知度
トランプ大統領の就任をきっかけに、現在のアメリカでは再び人種差別問題が取り沙汰されるようになりました。特に南部では、奴隷制を支持していた南軍の人たちのモニュメントを排除すべきかどうかで激しい対立が生じており “statue wars” と呼ばれています。
このような状況下で、アフリカ系アメリカ人作家のトニ・モリスンによる本書『ビラヴド』は一読する価値があります。19世紀アメリカで、奴隷であった黒人女性が、自分の子供を白人たちから救うために殺してしまった実話をもとに、罪の意識にとりつかれた母親と、彼女のもとへ幽霊として帰ってくる「愛されし (beloved)」子供を描いた、重みのあるドラマです。米TIME誌が選んだ小説100選にもランクイン (http://entertainment.time.com/2005/10/16/all-time-100-novels/slide/beloved-1987-by-toni-morrison/)しており、現代アメリカ文学を代表する1冊だと言えるでしょう。
7. Never Let Me Go (Kazuo Ishiguro著 2005)
【おすすめポイント】
- 読みやすい英語
- SFの設定
- 意外なエンディング
最後に、日本でも人気の高いカズオ・イシグロの多岐にわたるジャンルの作品の中から、『Never Let Me Go (わたしを離さないで)』をご紹介します。イシグロ作品に少しでも触れたことがあれば、平明でスムーズに読める英語で綴る彼のスタイルをご存知でしょう。
その中でもNever Let Me Go は「ディストピアSF」として書かれており、彼の柔軟な文学性が堪能できる1冊です。隔離された謎の環境で育てられるティーンエージャーたちが主人公となり、彼らの成長、そして彼らを待ち受ける運命が、読むものを最後まで離しません。SFに興味がある読者ならば、誰もが楽しめる快作となっています。ノーベル賞を受賞したイシグロの次回作はどのような作品となるか、今後も期待が高まります。
まとめ
本記事では、過去に「ノーベル文学賞」を受賞した作家による作品の中から、英語学習者にも、読書好きな人にも楽しめる作品をご紹介しました。ノーベル賞というと「敷居が高そう」な印象があるかもしれませんが、実際に受賞作家の作品を読んでみると、イシグロのように娯楽性の高いものや、ヘミングウェイのように日本人読者にとっても読みやすいものが数多くあります。また、ノーベル賞に選ばれているだけあり、取り扱われているテーマは現代においても重要なものばかりです。こうした作品を通して超一流の英語に触れるだけでなく、英語によって表現される世界の広さと深さを味わってみませんか?
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