子どもの英語教育、いつから始める?言語習得の臨界期仮説とは

何歳から子どもに英語を学ばせるべきか。これは多くの親が子どもの英語教育について考え始めたときに、まず抱く疑問ではないでしょうか。「言語は早く学び始めた方が効果的に習得できる」という通説があるようですが、この考えに大きく影響しているのは多くの場合、「臨界期仮説」という言語学の仮説です。

ここでは「臨界期仮説」をひもときつつ、子どもが英語を学び始める最適なタイミングについて考えます。子どもの英語教育全般を考える上で理解の欠かせない仮説ですので、ポイントを追ってご説明したいと思います。

1. 臨界期仮説とは

「臨界期仮説 (Critical Period Hypothesis)」 とは、簡単にいえば「言語をスムーズに習得できるのは、一定の年齢(臨界期)まで」とする説です。

まず母語について考えると、日本人の子どもで小学校に入る歳になっても日本語が話せないというケースは(発達障害などの例外を除くと)あまり存在しません。これは各国の他の言語についても同様で、子どもが母語の習得に失敗するケースはまずありません。

次に、外国語の習得について見てみます。ほぼ100パーセント習得が可能な母語に比べると、外国語の習得率は学習者の年齢を始め、様々な要因次第で大幅に変動します。特に成人になってから学習を開始した場合、その言語をネイティブのようなレベルまで使いこなせるようになったというケースは極めて稀です。

母語習得と外国語習得とのあいだに見られる大きなギャップに注目した言語学者たちは「言語を円滑に学ぶ能力は幼少期にしか存在せず、成人すると失われてしまう」という仮説を立てました。そして、人が言語を円滑に習得できる時期を「臨界期」と称しました。これが臨界期仮説の基本です。

臨界期は何歳まで?

臨界期は、子どもが生まれてから何歳まで続くのでしょうか?これに対しては一致した結論はまだ出ていないようです。多くの場合、子どもが思春期に達する前後の12〜15歳が臨界期の終わりと考えられています。

有名な例に、言語学者のMark Patkowskiによる1980年の研究があります。英語を母国語としない被験者が英語学習を開始した年齢や環境ごとに習得した英語力を調査するPatkowskiの実験では、ある条件の下で15歳までにアメリカで英語を学び始めた被験者たちのほぼ全員が、ネイティブのような英語力を身につけました。一方で、同条件下でそれ以上の年齢で学習を開始した被験者の英語力は断然劣っていたと報告されています。この研究では、幼いときから自然な言語環境で学習していたグループが、もっとも優れた習得率を見せました。

また、母語習得との関連から、外国語習得の臨界期をさらに早く設定する考え方もあります。これは、外国語を習得する能力は母語を処理する能力の向上によって失われてしまう、とする説です。幼い子ども、とくに生後1年までの赤ちゃんの場合には、まだ母語処理の能力が確立していないため、外国語の音声識別が容易になるという研究結果も存在します。

以上のように、臨界期仮説と言っても様々な考え方が存在します。また、言語習得には環境や学習者のアイデンティティといった様々な要素が絡んできます。したがって、臨界期を過ぎる前に外国語の学習を始めたからといって、それが確実な習得につながるとはいえないのも現実です。

3.何歳から英語教育を始めるべき?

このように臨界期仮説では「何歳までが限界」という明確な結論がありませんが、一貫して見られるのは「学習開始が早ければ習得がスムーズである」という見解です。

とくに音声識別能力の発達を重視するならば、子どもが乳幼児の頃から英語に触れていることが重要です。たとえば英語には、「l」と「r」の音に大きな違いがありますが、日本語にはその違いが存在しません。ある程度の年齢に達してから学習を始めると、日本語の音声システムを通して考えてしまうので、「l」と「r」の聞き分けの習得が非常に困難になります。乳幼児の段階から英語学習を始めることで、英語の音がより効率的に学べるようになります。

発音・スピーキングに関しても同様のことが言えるでしょう。幼い子どもは日本語だけで言語処理をする習慣がまだ確立していないので、英語の音を自然に習得できます。加えて、子どもは成長するにつれて英語で発話することに恥ずかしさを感じるようになる傾向があります。自意識がまだ発達していない年齢から英語学習を開始することで、この問題を回避することができます。

一方で、ライティングなど高度な言語処理能力が関わってくる課題に関しては、早期教育だけではカバーしきれない点が多くあります。高度な英語を駆使するためには、やはり大人の知性が必要になります。したがって、早期教育をしたから英語力のすべてが順調に身につく、というわけではありません。早期教育で達成できることと、思春期以降の発達した知性が必要なことの違いを理解しましょう。

4.英語の早期教育は日本語習得に影響する?

英語を幼いうちから学習することで、母語である日本語の習得がままならなくなる、という主張があります。英語を学ぶより先に日本語をしっかりと身につけないと、どちらの言語能力も中途半端になってしまう、という意見です。

二ヶ国語を話すバイリンガリズムには、2つのタイプが存在すると言われています。まずは「付加的バイリンガリズム (additive bilingualism)」です。これは2つの言語を健全に使用できる状態で、母語発達をしっかりとキープしたまま外国語の習得が進むことを指します。もう一方は「減算的バイリンガリズム (subtractive bilingualism)」というもので、これは外国語の習得を通して母語能力が失われてしまう現象です。

日本に住みながら英語を学ぶ場合、後者の減算的バイリンガリズムが発生する余地は極めて低いでしょう。減算的な状況になるのは、学習者が母語を使う機会がほとんど無いような場合です。国内で生活する限り、日本語は誰もが日常的に使用します。日本で普通に暮らしている限り、子どもの日本語能力の発達が著しく阻害されることは考えにくいでしょう。

まとめ

今回のテーマでは、臨界期仮説の要点を確認した上で、いつから子どもの英語教育を始めるべきかを考えました。臨界期のはっきりとした定義は未だなされていませんが、早い段階で英語教育を始めるメリットは明快に示されています。その一方、外国語の十分な習得を100パーセント保証する方法は存在しないのも現実です。様々な知見を参考に、それぞれの子どもの適性や学習環境に合わせて、よりよい英語教育をデザインすることができれば理想的です。

【参考書籍】「How Languages are Learned」 Patsy M. Lightbown, Nina Spada著
【参考書籍】「外国語学習の科学―第二言語習得理論とは何か」白井 恭弘著
【参照サイト】「 THE SENSITIVE PERIOD FOR THE ACQUISITION OF SYNTAX IN A SECOND LANGUAGE 」Mark S. Patkowski

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茂呂  宗仁

茨城県生まれ、東京在住。幼少期より洋画に親しみ、英語へのあこがれを抱くようになる。大学・大学院では英文学を専攻し、またメディア理論や応用言語学も勉強。学部時代より英米で論文発表も経験。留学経験なくして英検1級、TOEIC970、TOEFL109を取得。現在は英会話講師兼ライター・編集者として活動中。